令和7年度 入学宣誓式 祝辞

令和7年度 入学宣誓式 学長祝辞

 京都工芸繊維大学に入学された皆さん、そして、大学院に入学および進学された皆さん、本日はまことにおめでとうございます。また、皆さんをこれまで様々な形で支えてこられたご家族や関係者の方々に対しても心からお祝いを申し上げます。今日、皆さんの若い新しい力を迎えいれられたことは、京都工芸繊維大学にとって大きな喜びです。

吉本昌広学長の祝辞

 京都では、生活の中の衣食住に関する品物や、茶道や華道などの文化の隅々にいたるまで、洗練を追求する人々の強い思いが根づいています。素材や器に丹精を込めた料理や菓子、四季折々の部屋のしつらえに、洗練を身近に感じることができます。一方で、単に技を継承するだけでなく、革新的な挑戦を続け、新しい価値を創造して発展してきた地でもあります。

 このような「京都」をつくり上げた心意気と創造的挑戦心を、私たちは「京都思考」と呼び、本学の教育?研究に活かし実践しています。京都思考を礎に、ART×SCIENCE、LOCAL×GLOBAL、TRADITION× INNOVATIONという3つの理念を掲げ、地球と日本の未来を担う人材の育成を目指しています。

 1つめの理念は「ART×SCIENCE」です。ここでいうアートとは、アート思考のアートです。アート思考とは、アーティストが真っ白なゼロの状態から何かを生み出す過程で行う発想法のように、常識にとらわれない自由な思考法を指しています。

 先日、京都市立芸術大学の赤松玉女前学長と、芸術と工学について対談する機会がありました。アートとサイエンスは、少し離れているように感じる方がいるかもしれませんが、アーティストと工学の専門家が育つ過程はよく似たものでした。アーティストの学びの基本は、「観察」と「客観視」です。物事を客観視するにはまず観察力が大切で、観察力を鍛えるトレーニングとして、美術系の学生はデッサンに取り組みます。この経験を通して、自分の主観にとらわれず、対象をじっくりと観察する姿勢を身につけていきます。これは、工学で言えば、数学や物理学、化学、生物学といった基礎を学び、研究対象をしっかり観察し理解できるようになることと同じです。新入生の皆さんも、それぞれの専門分野の教育プログラムの中で、じっくりと観察力を鍛え上げてください。

 もう一つ重要な「客観視」は、自分自身に問いかける力です。アーティストであれば、「今ある作品はこれでよいのか」と常に疑い、「では自分なら何を見て、どのように表現するのか」と自問する力です。新たな価値の創造を目指す工学においても、必ず自分自身に問いかけ、客観視しなければなりません。「客観視」する力を得るために、自然科学のみでなく、人文科学?社会科学の考え方も取り入れることが必要です。本学にはバイオ、材料?化学、電子、機械、情報、デザイン、建築、繊維、人文?社会科学などの様々な分野を研究する教員や、それらの分野を学ぶ学生がいます。学生の皆さんには、このような本学の特長を活かして、是非、教養科目にも力を注ぎ、分野横断型で実践型の科目や異分野融合のプロジェクトに参加し、客観視する力をつけてください。

 2つめの理念は「LOCAL×GLOBAL」です。皆さんが学ぶ京都は、洗練された伝統的文化と最先端のグローバル企業が共存する世界的にも稀有な都市です。この京都というLOCALで学ぶ優位性を認識したうえで、是非、海外に目を向け、飛び出してください。本学には、海外インターンシップや海外サマースクール、海外大学院共同学位プログラムなど海外を体験する多くの機会があります。大学院生には、自らの研究成果を海外で発表する機会が訪れると思います。海外へ積極的に出かけ、異なる視点への理解を深め、自己の価値観を確立し、客観視する力を育ててください。

 3つめの理念「TRADITION×INNOVATION」は、単に技を継承するだけでなく、革新的な挑戦を続け、新しい価値を創造する人材を育成してきた本学そのものを表す言葉です。本学は、120年あまり前に設立された2つの学校を前身校としています。そのひとつである京都高等工芸学校が開校した際に、初代校長の中澤岩太は「学理」と「応用」が最重要であると述べています。「学理」とは最先端の研究であり、「応用」とはそれを製作現場でいかすことです。また、もう一つの前身校である京都蚕業講習所は、やがて日本が世界一となる生糸の生産を高度化するために設立されました。このような前身校の設立時の理念や趣旨を伝統として受け継ぎ、新たな価値の創造、すなわち、INNOVATIONに向けて研究と教育に取り組んでいます。皆さんも新たな価値創造に挑戦してください。

 さて、昨年のノーベル物理学賞は、人間の脳の働きを模した「人工ニューラルネットワークによる機械学習を可能にした基礎的発見と発明に対する業績」に与えられました。人工知能は人間の脳の働きの模倣から始まったので、あたかも人間の代わりができると考えがちです。しかし、鳥の模倣から開発が始まった飛行機が、鳥とは異なるものになったように、人間と人工知能は異なることに留意する必要があります。人工知能は大量のデータを学習したのちに、初めて推論ができます。一方で、人間は全く予想のつかない突発的な状況や、おおもとの前提条件が崩れるような状況でも判断する力を持っています。

 このような人間がもつ判断力を養うために、是非、同級生や教員をはじめ、さまざまな人との交流を深め、人間関係を構築し、積極的にコミュニケーションをとってください。特に、異質な考えや、思い、意見をもつ人との出会いは貴重です。そこで感じる葛藤や軋轢、さらには失敗が大きな糧となります。

 これまでは、例えば学部新入生の方であれば、試験の得点や偏差値、大学院入学生の方であればGPAなどの数値データが重視され、それにより選択肢が大きく左右されてきたと思います。しかし、これから皆さんが直面する現実の世界は、身の回りから世界情勢に至るまで、単純な因果関係で動かず、予期しない事態も珍しくありません。数値データだけで対応できませんし、人工知能がもたらす結果を追い求めても限界があります。予期しない状況で判断できる力を人との交流で培ってください。さらに、このような交流の中で、真の友人を得ることができれば、一生の宝となるでしょう。

 実り豊かな学生生活を送られることを祈念して、お祝いの言葉といたします。
 新入生の皆さん、まことにおめでとうございます。

令和7年4月7日
京都工芸繊維大学長
吉本 昌広