本日、学士、修士あるいは博士の学位を授与された皆さん、おめでとうございます。京都工芸繊維大学を代表し、心よりお祝い申し上げます。また、ご家族をはじめ皆さんを支えてこられたすべての方々、そして皆さんを指導してこられた先生方にお祝いと感謝の意を表したいと思います。
今回の学位記授与者は学士が603名、修士が487名で、博士が論文提出による方1名を含めて31名です。本学では、幅広い教養と高い倫理性を有し、自らの構想力と遂行力、リーダーシップをもって、これからの産業、社会、文化に貢献できる国際的な理工系専門技術者の養成を目指しています。このような専門技術者を、本学ではTECH LEADERとよんでいます。TECH LEADERとなるため、「専門力」「リーダーシップ」「外国語運用能力」の3つの能力を身につけ、「個の確立」をすることを期待しています。
本日、学士となった皆さんは、TECH LEADERの基礎を習得されました。「専門力」の基礎を固め、実践的な科目や卒業研究、課外活動を通じて「リーダーシップ」を学んでこられました。英語の鍛え上げ教育により、「外国語運用能力」の向上を実感されていることと思います。さまざまな人と交流することで、自己の価値観や信念を確立されてきたと思います。これが「個の確立」、すなわち、多様化する社会の中でも揺るぎない個を有しているということです。人類が築いてきた社会や文化について学ぶ教養教育も個の確立に寄与したと思います。これから、実社会あるいは修士課程で、具体的な課題の解決を実践していくことになります。失敗を恐れず果敢に課題に挑戦してください。
修士号を受けられる皆さんは、専門知識の深化に加え、具体的な課題の解決にむけた修士論文の研究などに取り組まれました。企画や設計から評価までの一連のプロセスを実践し、研究開発を進める力を身につけられたことと思います。また、博士課程に進学する方は、さらなる価値創造に挑戦してください。
博士号を受けられる皆さんは、博士論文の作成を通じて、自ら課題を発見、解決して新たな価値の創造を実践しました。修士号や博士号をもって社会に出る人はいよいよ実社会で新たな価値を創造する立場になります。社会人博士コースの方は、これまでとは一味違った価値創造を進めて行かれることと思います。
皆さんの新たな旅立ちにあたり、「共感」という言葉を送りたいと思います。皆さんが考える共感とは、少し異なっているかもしれません。ここでいう共感とは、単に相手に同調することではありません。仲間内の共感でもありません。
経営学の大家、野中郁次郎が晩年の2022年に著した「野性の経営」の中で、「汝の敵に共感せよ」という言葉を紹介しています。その要旨は次の通りです。米国の国防長官としてキューバ危機とベトナム戦争を経験したロバート?マクナマラが、その経験から得た最大の教訓が「汝の敵に共感せよ」でした。マクナマラは、1950年代に、数値分析を駆使して大手自動車メーカーで高い実績を上げました。1960年代に国防長官になった後は、十分なコンピュータ設備と優秀な人材による数値分析があれば、戦略の最適化ができると考えました。実際には、上層部には、文脈や質的な側面が抜け落ちた数値しか報告されず、机上の空論が繰り返されました。敵の行動や意思決定の背景にある思いを知ろうとすること、すなわち、敵に共感することはありませんでした。ベトナム戦争という甚大な犠牲から得られた教訓が「汝の敵に共感せよ」でした。
似たようなことを、皆さんが卒業研究や大学院での研究を進めるなかで、経験しなかったでしょうか。数値化された研究データを追うあまり、その問題の本質は何かと指導教員から指摘された私自身の遠い昔の学生時代が思い起こされます。今は数値データを追い求めるだけでなく、人工知能がもたらす結果を追い求める時代になり、一層の注意が必要です。
では、「汝の敵に共感する」とはどういうことでしょうか。野中は続けます。“共感とは、たんに相手に同調することではない。もっと厳しいものだ。(中略)同調圧力を退け、みなが知恵を持ち寄って徹底的に対話しなければならない。(中略)異質な主観、思い、意見をもつ他者と、自己のエゴを超えた無我の境地で、
皆さんは、同級生、教員、同好の士など、さまざまな人と交流し、人間関係を構築し、コミュニケーションをとるなかで、様々な体験をし、知識を得ることで、自己の価値観や信念を確立してきたと思います。これと同じように、異質な主観や、思い、意見をもつ他者と徹底的に議論し、相手に共感することを目指してください。本学で培ったTECH LEADERとしての資質をベースに、異質な他者に共感することで、きっと皆さんは大きな成功をおさめ、本学が理念で掲げる平和で豊かな社会システムの構築に貢献されることと思います。
本日は、誠におめでとうございます。みなさんの今後の一層のご活躍を祈って、お祝いの言葉といたします。
令和7年3月21日
京都工芸繊維大学長
吉本 昌広
(“ ”は、『野性の経営 極限のリーダーシップが未来を変える』(野中 郁次郎、 川田 英樹、川田 弓子著、KADOKAWA、2022年)より引用)